和紙の使いよう


洋紙が木質繊維を化学処理し、分離し、
機械で画一的に抄紙したものであるのに対し、
和紙は長くて丈夫な靭皮繊維を原料として、
ネリを使って繊維を十分に絡み合わせて抄造されます。
したがって、丈夫で長持ちし、手荒に扱っても破れにくく、
繊維に沿って立てに裂くことができます。
細かく裂いた紙を縒って紙縒にすればさらに丈夫になります。
つまり、紙縒に手を加えて美しくした水引は長くて丈夫な靭皮繊維を原料とする
和紙ならではの使いようだといえます。


紙縒は当初、書き物をした際の反古紙を使い、
その端を細く切って縒ったもので、
書き物を綴じたりくくったりするのに用いられていたと考えられます。
そして、より強いもの、より美しいもの、より長いものが求められるようになり、
やがては専門的に製造されるようになり、商品化していったのではないでしょうか。


江戸時代になると、水引は、髪を結う元結としても使われました。
『江戸結髪史』のなかには、太宰春台の『独語』の文章を引用して、
元結について次のように書かれています。


「・・・・・・寛永(1624~1644)のころまでは
女性は細い麻紐をもって髪を束ねており、ただそれを隠すために、
その上に黒い絹を巻いた程度の装飾を施すという簡単なものであった。
やがて紙を捻ったり、または細く畳んで結ぶ風習が起こったが、
越前の国で元結(水引)を発明し売り出して以後、
これが全国に広まり、既成の元結(水引)で髪を結う風俗が一般化し、
それより絹にてまくことやみぬ・・・・・・」


水引の丈夫さ、結びがゆるんでこないという点が好まれたのでしょう。

福井県では、戦前まで水引が製造されていましたが、
今では紙漉が盛んであるにもかかわらず、水引は製造されていません。
現在、水引の産地といえば、四国の伊予三島をはじめ、長野県飯田、京都などです。